穀潰し日記

日々のことを綴ってます。

1人きりの三連休のこと

トイレの前に座り込んで、無意味なアルコールを接種している。

念願の翠ジンソーダ
君はまだ流行ってはいないのか?あのCMの賞味期限切れてるだろってくらいよく見かける。

この三連休、だーれにも会わなかった。
ちょっと外に出てお茶したり買い物しただけ。

行きたいところはべつになくて、あるけど面倒くさくて、
やりたいことは断捨離、部屋をお洒落にすることで。
美味しいモーニング食べたくてたくさん調べたけど調べてたらダレたし、
体重増えるし。
久しぶりに吐いたし。

日曜日の夜に夜の街を徘徊してたら、久しぶりにそんな自分の人生が人と比べてキツいなーってなった。
いつもだったら、比べてももうちょっと上手く開き直るんだけどな。
夜更かしして昼寝して、徘徊して。
行きたいなと思ってたお店の前をいくつか通過した。
どこも、中で楽しそうな人たちとか雰囲気に負けて入れなかったし、入っても居心地悪いのが分かりきってて、情けない思いで通りすぎるしかなかった。
ダサいけど、無理して入って居心地悪くなることをきちんと経験して分かってることは、悪いことではないかもしれないなって、
今になって思ったりする。

落ち込むのも耐久レースみたいなもので、徘徊から帰宅する頃には、適当に浮上してた。
自分の絶望の浅さがしょーもなかったし、
そのしょーもなさにこれからも救われるんだなと思ったりもする。

浴衣を着てる子供をみて、あー、今年は誰かと花火大会行きたかったなーって思った。
暑いのも浴衣も嫌いなのに、行きたいなと思っちゃうのはやっかいでい。
べつに彼氏じゃなくていいんだ、妹とか、友だちとか、初めて出会った人でもいいんだ、多分。
ただ花火大会にいきたくなった。コロナのせいだと思う。来年もある、が当たり前じゃないことに気づかせたコロナがわるい。

三連休、嬉しいこともあった気がする。

土曜日は、いや、なかった。ヴぁぁぁ
あ、久しぶりに行った喫茶店で食べた玉子サンドが記憶よりボリューミーで美味しくて嬉しかった。

アムリタの下巻も読み進められた。
それだけよかった。

日曜日は、久しぶりの友だちからラインがきた。9月に赤ちゃん生まれるらしい。
無事に生まれてきてほしい。ネガティブなその子のこと、支える光になってほしい。
妹から電話があったのも嬉しかった。
仕事、あと一年でやめるって決めたらしい。
堪忍袋の緒が切れたらしい。
堪忍袋の緒が切れた妹が新鮮だった。
社会の荒波に揉まれてるんだな。
昨日の玉子サンドに触発されて自分で作った玉子サンドが美味しかった。パンだけ惜しかった。

月曜日は、ニトリで店員さんが優しかった。
昨日届いたミルで、三年前に買った←コーヒー豆をやっとくだけた。
お母さんが送ってくれた野菜を受け取った。
茄子もキュウリもめちゃ立派。

なにより、お母さんのキュウリの佃煮が嬉しかった。
私もお中元にベルンのミルフィーユを送ろうと思う。
お母さんが好きだったはず。

送ってもらったちくわを食べながら、薄暗くなる部屋で、窓を眺めてボーッとしてた。
この確実に幸せな時間を、幸せと思えたこと、いまさら安心した。

目の前の幸せを、ただ、その時は、自分の人生の果てみたい感じて、集大成みたいでキモくて、散らかった部屋を写真におさめた。
散らかった部屋が、散らかってるのになんか殺風景で、寂しくて、
見返すとやっぱり悲しくなる。
暗い写真が出来上がった。

PM10:09。
風呂にはいって寝る。
今日、ぐっすり眠るために、昨日はほとんど眠ってない。
本当はもう寝てるはずだったのに。
けど、料理できたし、許したい。
明日の私がちゃんと、お弁当持っていってくれたらいいな。
翠ジンソーダちょっと残す。明日また飲む。
無事におうちに帰ってこれますように。
こんなんでも、今日はシンク下が片付いたことはちょっと気分がいい。
整えていこう!なにもかも!!

なんか、無駄な休日なんてないのかも。
文書にしてよかった。